ソフィア・ローレン、会見でキレた訳。30年ぶり来日

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ソフィア・ローレン、会見でキレた訳。30年ぶり来日

イタリアが誇る大女優ソフィア・ローレン(73)が6日、東京・銀座にリニューアルオープンした高級ジュエリーブランド「ダミアーニ」のブティックのオープニングセレモニーに出席した。
式典後、本紙は30年ぶりに来日したローレンの単独インタビューに成功。
ご機嫌ムードで約6年ぶりの銀幕復帰への構想を明かしたが、その後都内で開かれた記者会見では、イタリア人記者からの想定外の質問に動揺したのか、以後の質問をシャットアウトして帰ってしまい、取材陣がア然となるハプニングが起こった。
 かつて「イタリアの太陽」と呼ばれた美ぼうとプロポーションは、健在だった。
そして、なんと、また映画に復帰するという。(記事の続きは下記へ)

昔、むかし、テレビで、彼女の映画を見たけど、ほんと
きれいで、プロポーションも最高だった。

今見ても、きれい。
遠目の写真だけど。
記者会見で、何かあったみたいだけど、
原因は記者の場違いの質問だったらしい。

私には、この映画「ひまわり」が、一番印象深いです。
曲とともに思い出します。そして、涙が。。。(:_;)
「ひまわり」ラストシーン




最近の写真もあります。



微笑みに出逢う街角 /ソフィア・ローレン


http://www.tokyo-np.co.jp/tochu/article/entertainment/news/CK2008030702093377.html
ソフィア・ローレン30年ぶり来日 本紙独占取材で銀幕復帰明かす
2008年3月7日 紙面から
 イタリアが誇る大女優ソフィア・ローレン(73)が6日、東京・銀座にリニューアルオープンした高級ジュエリーブランド「ダミアーニ」のブティックのオープニングセレモニーに出席した。式典後、本紙は30年ぶりに来日したローレンの単独インタビューに成功。ご機嫌ムードで約6年ぶりの銀幕復帰への構想を明かしたが、その後都内で開かれた記者会見では、イタリア人記者からの想定外の質問に動揺したのか、以後の質問をシャットアウトして帰ってしまい、取材陣がア然となるハプニングが起こった。
 かつて「イタリアの太陽」と呼ばれた美ぼうとプロポーションは、健在だった。
 ローレンは1976年に、“ラッタッタ”の流行語を生んだホンダのファミリーバイク「ロードパル」のCMのPRのために初来日。今回は、78年にプライベートで京都を訪問して以来30年ぶり3度目の日本。単独取材の申し入れに「5分程度なら」との条件付きでインタビューが実現した。
 かつては元祖巨乳女優として裸体を惜しげもなく披露した時代もあったが、60年「ふたりの女」でアカデミー賞主演女優賞を受賞するなど世界的女優として活躍。近年は、「微笑みに出逢う街角」(02年)に出演以来、銀幕から遠ざかっている。注目される復帰プランについて、ローレンは「フェデリコ・フェリーニの生涯を描く『ナイン』という映画があって、出演のオファーをいただいたの。米国の著作権協会のストライキの影響で、正式決定が遅れているけど、私はやるつもりよ」と大きな瞳を輝かせた。
 ローレンは、登場する4人の女性の一人を演じるそうで、フェデリコ役は、スペイン俳優のハビエル・バーデムが務めるという。7月にもクランクインする。監督は、人気ミュージカル「シカゴ」を映画化したロブ・マーシャル氏が有力だ。
 「ナイン」は映画「フェリーニの81/2」をミュージカルにした舞台を、さらに映画化するという異色作。トミー・チューンの演出で上演されたミュージカルは、82年にトニー賞ベスト・ミュージカル賞を受賞している。
 また、70歳を過ぎても変わらない美ぼうを保つ秘訣(ひけつ)について尋ねてみると、「私の母がとっても美人だったの。妹もそうだし、家族みんながビューティフル。そういう家系に育ってラッキーだったとしか言いようがないわ」とうれしそうに話した。
 セレモニーや本紙のインタビューでは、ご機嫌だったローレンが、その後、東京・六本木のリッツ・カールトン東京で開かれた会見では対照的な姿をみせた。
 ローレンはまず、司会者からの代表質問に笑顔で応答。続く質疑応答で最初に質問したイタリアのテレビ局記者から「最近、イタリアに芳しくないイメージがある。イタリア国民にとって代表的なあなたの言葉で、悪いイメージを払しょくしてほしい」と“場違い”な質問を投げかけられると、「私にも、イタリア国民で好きでない人間が、ごく一部いるけど、一般的にはすばらしい人たちばかりよ」と淡々と答えていた。
 ところがその直後、ローレンの不快を察知したダミアーニ側が「ほかに質問がないようなので」と一方的に質問を打ち切り、写真撮影の時間に。ローレンの会見はわずか10分ほどで終了してしまった。報道陣は、一瞬あ然。その後、「公式インタビューの時間をつくってほしい」との要望が伝えられても、ローレンは「ノー、ノー!!」と拒んで会場を後にした。
 詰め寄る取材陣に対し、同席したダミアーニ社副社長のジョルジョ・ダミアーニ氏は、関係者を通じて「想定外な質問をされて、動揺してしまったようだ。それに、本人はこれほどフォーマルな会見だとは思っていなかったらしく、取材陣の多さにびっくりしてしまったことも要因だ」と説明したが、この日出席した取材陣は100人程度。世界的大女優にしては、決して大騒ぎするほどの人数ではないのだが…。

 ◆ソフィア・ローレン 1934年9月20日、イタリア・ローマ生まれ。50年ナポリ海の女王コンテストに入賞し演劇学校へ。映画に端役で出演していた際、後の夫になるプロデューサーのカルロ・ポンティ氏と出会い、スター街道へ。58年「黒い蘭」でベネチア映画祭主演女優賞、60年「ふたりの女」でアカデミー賞とカンヌ映画祭の主演女優賞を受賞。57年、メキシコでポンティ氏と結婚も、重婚罪で訴えられ無効に。長い同居生活の末、66年にパリで結婚が認められた。68年に長男、73年に二男でエドアルド・ポンティ(映画監督)を出産。主な出演作は、70年「ひまわり」、77年「カサンドラ・クロス」など。91年、アカデミー賞名誉賞受賞。92年、国連難民高等弁務官事務所親善大使としてアフリカのソマリア、ケニア救済を訴えた。
<記者の目> デスクから、世界的大女優の単独インタビューの大役を仰せつかったが、30年前の自分は、まだ1歳。名前は知っていても正直、ピンと来なかった。失礼ながら、顔がしわくちゃのイメージを抱いていたのだが、その整った顔立ちと、目のやり場に困ってしまいそうな豊かなバストは、とても73歳には見えなかった。
 気むずかしい人じゃないかと、緊張しながら自己紹介すると、ローレンは丁重に握手を求めてきた。短い取材時間だったが、最後には「とってもいい質問だったわよ」とリップサービスまでしてくれたのだった。
 あれほど上機嫌だった彼女が、会見で怒った本当の理由は何だったのか。後に聞いた話では、ローレンは「あのイタリア人以外に、誰も手を挙げてなかったじゃないの。質問がないなら答える必要がない」とも言っていたそうだ。
日本の記者会見では、最初に質問するのを遠慮する人が多く、同時にたくさんの手が挙がることが少ない。自分もしかりだ。ローレンにとって想定外だったのは、イタリア人記者の質問内容だけでなく、日本人の積極性のなさにプライドを傷つけられたのかもしれない。 (江川悠)

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